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熊本地方裁判所玉名支部 昭和42年(ワ)32号 判決

原告 東海園株式会社

右代表者代表取締役 日比野真

右訴訟代理人弁護士 花田啓一

被告 玉名市

右代表者市長 橋本二郎

右訴訟代理人弁護士 山本粂吉

同弁護士 上原悟

同弁護士 天野幸太

同弁護士 本田正敏

主文

被告は原告に対し、金四五三万二、九三九円およびこれに対する昭和四一年五月一二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の第一次的請求ならびに第二次的請求中のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次的乃至第四次的請求として、いずれも「被告は原告に対し、金八二九万一、七八〇円およびこれに対する昭和四一年五月一二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め(た。)≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の第一次的乃至第四次的各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め(た。)

≪以下事実省略≫

理由

(第一次的請求について)

一、原告が、ハイウエイ緑化・住宅緑化・公害防止及び工場緑化・公園建設等の造園工事、灌漑・散水施設等の管工事ならびに温室(鉄骨)・温泉植物館建築等の建築工事等の設計・施工の請負を営業内容とする株式会社であり、被告は普通地方公共団体たる市であること、昭和四〇年八月一六日当時の被告市々長が原告会社に対し同市長名義による「蛇ヶ谷公園実施設計依頼」なる文書をもって右設計方の依頼をなしたこと、被告市の代表者(市長)は実施設計依頼がなされた時点を含み昭和四一年三月までは橋本二郎、同年四月から同四五年三月までは川原弘海、しかして同年四月から現在(本件口頭弁論終結時)までは再び右橋本二郎となっており、なお右実施設計依頼当時における同市議会の勢力分野は、右橋本二郎市長(無所属)を支持するいわゆる与党派が多数であったこと等の事実については、当事者間に争いがない。

二、原告は、昭和四〇年八月一六日被告市から原告会社に対し、文書をもって当時同市が開発建設を計画中であった同市立願寺地区蛇ヶ谷公園の実施設計を作成してもらいたい旨の依頼(申込)があり、原告会社も即日これを承諾したので、ここに原・被告間に右蛇ヶ谷公園の開発建設についての実施設計作成方に関する準委任契約が成立したものである旨主張し、被告はこれに対し種々抗争するので、以下この点について審按することにする。

(イ)  まづ、原・被告間の合意は未だ契約締結の準備段階にあるものにすぎず、もとより、これにより報酬請求権等を発生するには由ないものである旨の被告抗弁について検討するところ、≪証拠省略≫によると、昭和四〇年八月一六日、当時の被告市々長から原告会社宛文書をもってなされた蛇ヶ谷公園実施設計依頼は、将来被告市が原告会社と蛇ヶ谷公園開発建設の施行・設計監理に関する契約(以下本工事契約と略称する)を締結するについては、その実施詳細設計の内容に基づいて契約したいので、まづ右実施設計の作成を依頼するという内容のものであることがその文理自体から明白であり、かつ≪証拠省略≫によると原告会社も右文書を右趣意のものと了承して同日右設計の作成を承諾したものであることが認められるので、これをもって本工事契約の締結とみることのできないことは被告主張のとおりである。

しかし、≪証拠省略≫によると実施設計なるものは該設計で直ちに本工事の施工ができる性質のもの、すなわち自足性を具えているものであって平面計画の見積り等とは全く異なるものであるのみならず、被告市が原告会社に対し、かかる設計の作成を依頼し、同会社がその作成を承諾したことは明らかであるから、それは相対立する双方の意思表示が合致して成立する法律行為であるところの契約というに何ら妨げないものといわなければならず、該実施設計の作成が本工事契約締結の前提的ないし準備的関係にあるからといって、それをもって右設計作成についての原・被告間合意の独立性・契約性に毫も消長を来たすものではないというべきである。

しかして、原告が被告に対し支払を求めている金額も右実施設計作成だけについての報酬額であって、本工事契約が成立したものとして、その契約代金中の調査・設計料相当部分の支払いを求めておるものなどではないことが明白であるから、被告のこの点についての抗弁は原告の主張をとり違えて攻撃しておるものというべく、もとより失当である。

(ロ)  つぎに原・被告間の合意内容は具体性がなく、契約としての特定を欠く旨の被告抗弁について検討するに、≪証拠省略≫によると、被告市が原告会社に作成方を依頼した実施設計についてはその内容・規模・作成期限等の明細が定めてなく、かつ原告会社が右依頼を承諾した当時、同会社は後日特別の事情の変更がない限り本工事契約も引続き請負わせてもらえるものと信じておったのでその本工事契約締結の際実施設計の報酬も該契約金額の中に盛り込み吸収する考えで、したがって右実施設計の依頼に対しこれを承諾した際その設計作成の報酬額についても具体的なとりきめは何らなされなかったことが認められる(ただし、被告が予備的に主張している原告が右報酬の請求権を放棄したものと認むるに足る証拠も後記のごとく全く存しない)ので、該実施設計委託契約が設計作成の対価ないし報酬額もしくはその限度額の定めを欠いておったものであることも被告主張のとおりであるといわなければならない。

しかし、被告が原告に対し、蛇ヶ谷公園の実施設計を依頼し、原告がこれを承諾したという事実の存在は既に認定したとおりであり、然りとすれば明らかに当事者の一方が他方(相手方)に対し、蛇ヶ谷公園の実施設計という一定の事項に関し、その作成を依頼するという能動的な意思を表示(申込)し、これに対して相手方が右依頼を受諾するという受動的な意思を表示(承諾)して、両当事者の意思に合致が存したわけであるから、契約としての特定に欠けるところはないものというべきである。

然かのみならず、設計の作成は法律行為に非ざる事務であり、かかる事務の処理を他人に委託する契約は準委任契約に属する(民法第六五六条参照)ものであるところ、委任または準委任契約は、当事者の一方が、法律行為または法律行為に非ざる事務の処理を相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって効力を生ずる片務・無償・諾成・不要式の契約であるから、もとより報酬額ないしその限度額の定めは契約成立の要件には属しないものである。

したがって、この点についての被告の抗弁もその理由がないものといわなければならない。

(ハ)  つぎに原・被告間の合意は契約書に当事者が記名押印していないので、契約として確定しないものである旨の被告抗弁について検討するに、前記昭和四〇年八月一六日被告市々長から原告会社に宛てられた「蛇ヶ谷公園実施設計依頼」なる文書は既に述べたごとく、被告から原告に対する同公園の開発建設に関する実施設計の作成を依頼する趣意のものであって、依頼者たる被告市々長の記名押印(職印)しかなく、相手方たる原告会社代表者(代表取締役)の右依頼を承諾する旨の文言はもとよりその記名押印も存しないのである(このことは≪証拠省略≫上明白である)から、これをもって契約書とみることのできないことは勿論である。

しかして、被告は、地方自治法第二三四条第五項によれば、普通地方公共団体が契約を締結する場合には、その長または委任を受けた者が当該契約の相手方とともに契約書に記名押印しなければ、当該契約は確定しないものとされているのであるから、本件の場合被告市と原告会社との間の前記実施設計作成に関する合意が契約であるとしても右契約は右地方自治法の特則により確定していないものである旨主張する。

しかし、この点については原告も主張するごとく、右条項には「普通地方公共団体が契約につき契約書を作成する場合においては……」とあり、右文理の反対解釈からも明らかなとおり、地方自治法は同公共団体の契約につき契約書を作成しない場合のあることも当然予想しておるのであるから、普通地方公共団体は他との契約締結に当り必らずしも契約書を作成することは要求されておらないものといわなければならない。

このことは、国(各省各庁)の行う契約については、契約担当官等は政令(「予算決算及び会計令」)で定める場合(同令第一〇〇条の二第一項各号該当の場合)を除いては契約書の作成を省略することはできない旨の明文が置かれている(会計法第二九条の八第一項)こととの対比からも明らかである。

しかして、契約書を作成しない場合における普通地方公共団体と相手方との契約は、契約一般の通則により両当事者の意思の合致によって確定することとなるものといわなければならない(鳩山秀夫・日本債権法各論上巻一三、一四頁、民法第六四三条第六五六条、第一法規地方自治講座、宮元義雄・「地方財務」二〇〇頁等参照)ところ、被告市と原告会社間における本件実施設計作成に関する準委任契約は被告市の右文書をもってする同契約の申込に対し原告会社が口頭にてこれを承諾する旨約することにより成立し、同時点において確定したものであるから、契約につき契約書を作成しなかった場合に属し、したがって原告会社代表者の記名押印を必要としないものであることが明らかであり、被告のこの点についての抗弁も、また失当である。

(ニ)  つぎに原・被告間の合意が実施設計作成の準委任契約であるとすれば、それは被告市の支出負担行為として法令または予算の定めるところに従ってなされなければならないところ、右合意はかかる定めに従っておらないので無効といわなければならない旨の被告抗弁について判断するに、普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為すなわちいわゆる「支出負担行為」は、地方自治法第二三二条の三により法令または予算の定めるところに従いこれをしなければならないことになっていることは被告指摘のとおりである。

そこで本件蛇ヶ谷公園実施設計について、これに関する法令または予算の定めが存するか否かについて検討することにする。

ところで、ここに法令とは法律、政令、条例、規則等の謂であるが、該公園実施設計についてかかる法律、政令、条例、規則等の存することについては何らの主張・立証がない。

つぎに予算の点については、原告は右蛇ヶ谷公園の開発関係予算は被告市の公園開発、都市計画、観光関係の費目に盛り込まれていたものであり、本件実施設計費用も当然右公園開発建設計画の準備・調査に必要な経費として予算上の根拠を有したものである旨主張するが、みぎについて具体的な立証がないのでこれを認めるに由ない。

そうすると、右蛇ヶ谷公園開発のための実施設計作成が、被告市の支出負担行為となるか否かはこれに関する準委任契約が同市の支出の原因となるべき契約に該当するか否かにかかるものといわなくてはならない。

ところで、右契約は、前認定のごとく実施設計の作成という法律行為に非ざる事務を他人に委託する準委任契約(民法第六五六条)に属するものであり、当事者、とくに受任者(受託者)の法律的性格を捨象すると、民法第六四八条第一項(民事委任無償の原則)の準用を受けるものであるから、原則として無償であり、特約があるときにのみ報酬を請求しうるものであるところ、右契約締結時(昭和四〇年八月一六日)には原・被告間にこの点について何らの約定の存しなかったことが明らかである。

そこでこの点からみると、みぎ昭和四〇年八月一六日当時の被告市々長が「蛇ヶ谷公園実施設計依頼」なる文書をもって原告会社に右設計の作成を依頼し、原告会社がこれを承諾して成立した該契約自体からは被告市に何らの支払義務が生じないかのごとく考えられなくもなく(すなわち、委任者は受任者に対して、薄謝謹呈でも、最少限の謝礼でも済む筈である)、そうであるとすれば同契約は被告市の支出の原因となるべき契約には属しないことになるので、前記地方自治法第二三二条の三により法令または予算の定めるところに従ってこれをなす要がなく、もとより同条に牴触もしくは違反する筋合いのものでもないというべきである(後記のごとく、当時被告市執行部としては、右のような考え方に立っておったので、とくに予算計上の措置を講ずることなく、また同市議会全員協議会等においても同市長の右実施設計依頼について異議なく了承したものとみられる)。

しかし、当事者間に争いのない前記冒頭の事実によれば、原告は株式会社であるから商法所定の商人に属する(商法第五三条第五二条第一項第四条第一項)ことは勿論であり、また右同事実によれば原告は公園建設等造園工事の設計施工の請負をその営業内容の一班としているものであるから同会社の前記実施設計の作成は商人がその営業の範囲内において他人たる被告市のためなした行為として商法第五一二条の適用を受け(この場合特別法の商法は普通法の民法に優先して適用されるから)同条により原告は特約の有無を問わず被告に対し相当の報酬を請求することができる(商事委任の有償性)ものといわなければならない。

ところで、原・被告間における前記「蛇ヶ谷公園実施設計委託契約」は被告市が原告会社に対し、同市が当時計画していた蛇ヶ谷公園の開発建設に関連し、将来これに基づいて直ちに同公園の開発、設計、施行、監理の本契約が締結できるような「実施詳細設計」の作成方を委託し同会社がこれを承諾して成立したものであり、右設計の作成報酬について明示的な約定は存しなかったが、それは前記のごとく後日締結される筈の本工事契約に際しその工事費の中に盛り込み吸収する予定にあった(この点については被告市もこれを了承しかつ、これに同調していたことは≪証拠省略≫によって認められる)ためであって、原告が右報酬の請求を放棄したと認むるに足る証拠の存しないことは既述のとおりであるから、もし原・被告間に右本工事契約が締結されずに終ったような場合においては右設計の作成という受任事務処理について原告会社は被告市に対し相当額の報酬を請求することができるものというべきである。

然りとすれば、原・被告間の該実施設計作成委託の準委任契約は、受任者の報酬額については、本工事契約が将来原・被告間において締結せられずに終るという事実を停止条件としておったものというべきであり、もし将来本工事契約が原・被告間において締結せられずに終った場合は委任者たる被告市は受任者たる原告会社からの請求あり次第相当額の報酬を支払うべき義務を負担することになるわけであるから、同契約は普通地方公共団体たる被告市の支出の原因となるべき契約に該当するものといわなければならない。

あるいは、斯くのごとき未必的な支払義務を内容とする契約、すなわち支払義務の発生が将来の成否不確定な事実にかかる契約等は地方自治法第二三二条の三所定の支出負担行為には該当しないとか、もしくは該停止条件成就の際において予算措置を講ずれば足るものである等の異論も考えられなくもないのであるが、同条が支出の原因となるべき契約その他の行為と規定し、その対象のとらえ方が包括的であって、必らずしも支払義務が現実化もしくは具体化している契約等に限っておらない(このことは同法第二三二条の四第二項が出納長または収入役は当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認したうえでなければ支出をすることができない旨規定し、支出負担行為の時点においては同行為に係る債務が確定していることを必要としていない点からも窺われるところである)こと、また停止条件成就後においては該契約の効力発生が確定的となるので、予算措置を講じて契約を締結するというような余地は全くなくなること、ならびに支出負担行為の制度が地方公共団体財政の堅実な維持をはかるという点に存すること等から考えて右異論には賛し得ない。

ところで、本件蛇ケ谷公園実施設計の作成依頼に際し、被告市々長が、該依頼ないしそれに基づく原告会社との間の準委任契約締結が前記のごとく地方自治法第二三二条の三所定の支出負担行為に該当するものであり、したがってかかる契約は法令または予算の定めに従ってなされなければならないものであるということを認識しながら敢えて予算措置を講ずることなく右依頼ないし該契約の締結を行ったと認むべき証拠は存しない。

むしろ、≪証拠省略≫によれば、同市長や同市議会内の都市公園対策委員会は実施設計作成の費用は右設計の出来上った後に、それに基づいて原告会社との間に随意契約(地方自治法第二三四条第一、二項、同法施行令第一六七条の二第一項第三、四号参照)により、工事施工の本契約をすることになる予定にあったので、その段階において右契約金額の中に含めて予算措置を講ずればよいものと考えておったことが明らかであり、また証人黒田孝も「昭和四〇年八月頃橋本市長から右実施設計の作成を依頼したいということについて都市公園対策委員会か、市議会全員協議会かに話があったが、当時としては右依頼が契約の申込みになるとか、あるいは地方自治法所定の支出負担行為になるとかいうようなことは誰しも考えておらなかったので右提案については反対がなく了承済みとなったように思う」旨述べておって、被告市執行部も、また同市議会内の前記都市公園対策委員会や全員協議会等も該実施設計の作成依頼が民・商法上如何なる法律的性質を有するものであり、また地方自治法との関係で問題となるようなことがないか否かというようなことについては検討しておらなかったことが明らかである(尤も≪証拠省略≫によると、右黒田証人はその後翌四一年二月二八日の定例市議会においては、右設計依頼等により原告会社が出捐した費用は被告市においてこれが支払義務を負うべきものであるから、市執行部は速かに右金額を明確にしたうえ、市議会に右予算案を付議すべきである旨主張して、執行部に対し、これを質し善処を要望している事実が明認され、あるいはこの時点において予算措置が執られておれば本訴に至らなかったことも考えられる)。

これを要するに、被告市々長が該設計依頼ないしこれに基づく右設計委託の準委任契約を締結した同四〇年八月一六日の時点においては、同市長においてそれらの行為が地方自治法第二三二条の三に牴触もしくは違反するものであるということを了知しながら敢えて(すなわち故意をもって)これを行ったものとは到底認めることができない。

しかし、該実施設計の作成依頼自体については異論がなかったものの、≪証拠省略≫を綜合すると、当時においても本工事契約の規模約二億円という構想については市財政面や同公園の将来における収益性ないし建設費償還の可能性等の点から批判的な反論も強く、また工事施行を含む経営方式についても、これを市の直営とするか、外部資本による経営とするか、あるいは両者の合弁事業とするか、もしくは市を主体とした開発公社方式をとるか等について議論が岐れておったことが認められるので、該実施設計に基づいて本工事契約が必らず締結せられるものとは限らず、また該契約が締結せられるとしても原告会社との間に締結せられることが絶対確実であったとはいい得なかったのであるから、もし右本工事契約が不成立に終った際は右設計の作成報酬(その額の多寡は別として)は被告市の支払義務に帰するに至るべきものであることは前記商法の特則(第五一二条)に関する知識の有無にかかわらず、一応これを予想し得たことであるので、被告市執行部としては原告会社より、「後日、本工事契約を請負わせられないような場合においても、実施設計作成の報酬は一切請求しない」旨の約束なり言質なりを得ておったときは別であるが、そうでないかぎり右設計の作成依頼に先立ち、原告会社に対しその概略の見積り費用を質し、これに必要な予算措置を講じておくべきであったものというべく、この点についての用意を欠いた過失の存したことは否み得ないものといわねばならない。

いずれにせよ、該実施設計委託の準委任契約当時被告市にこれに関する法令または予算の定めのなかったことが既述のとおりである以上、締結者の主観如何にかかわらず、客観的(形式的)には該委任契約は前記地方自治法第二三二条の三に牴触する違法があったものといわなければならない。

三、そうすると、被告市の、「本件実施設計委託契約は、当時の被告市長橋本二郎が法令または予算の定めに従わずなした地方自治法第二三二条の三違反の越権行為であって無効である」旨の主張(この主張は前任の被告市代表者川原弘海市長の時代になされたものであるが、公法人たる玉名市の人格が連続一体のものである以上、右主張の有効な撤回がないかぎり同代表者が再び前記橋本二郎市長となった本件口頭弁論終結時においても同主張は維持されておるものとみるほかない。この点につき、同市長は再任前証人としては該契約締結行為が地方自治法違反の無効行為であることを否定しているので、同一人が代表者たる市長としては自己の契約締結行為を地方自治法違反の無効行為と主張し、個人としてはこれを否定するという奇異の観を呈する結果となっているが、これも法人格についてはその連続一体性が要求される反面その代表者たる自然人については消長変動を免れないものであるということから避け得ない法的現象といわざるを得ない。)は、既に述べた認定の限度においては相当であるということになり、爾余の抗弁を俟つまでもなく、原告の、「本件報酬請求権は被告市々長が同市を代表してその権限内において原告会社との間に適法になした実施設計委託契約に基づくものである」旨の主張を前提とするその第一次的請求は失当であるといわねばならない。

(第二次的請求について)

一、原告は、第二次的に、もし原・被告間の蛇ヶ谷公園実施設計委託契約がこれに関する法令の定めを欠き、かつ予算上の措置も講ぜられないまま締結せられたものとして地方自治法第二三二条の三の制限規定に牴触するものであり、したがって被告市長の該設計依頼ないし同契約締結が越権行為になるものであるとすれば、それはまさに「代理人がその権限外の行為をなした場合において第三者がその権限ありと信ずべき正当の理由を有したとき」に該当し、被告市としてはその代表者(代理人)たる市長が第三者たる原告会社との間に締結した該実施設計委託契約につき民法第一一〇条に基づきその責に任じなければならないものである旨主張し、被告は地方自治法の前記規定に牴触する普通地方公共団体の支出負担行為は当然無効であるから表見代理成立の余地もないものである旨主張するので、以下これについて判断することにする。

二、まづ地方自治法第二三二条の三に牴触する支出負担行為が直ちに無効となるか否かであるが、前記のごとく同条に牴触する限度においてかかる支出負担行為が違法であることは勿論であるが、右違法即無効と断ずることはできない。

思うに、同条が実質的には普通地方公共団体の財政の健全な維持をはかるという趣旨に出たものであり、かつ形式上も法令の制限規定として、代表機関の包括的代理権に対するいわゆる原始的制限に属するものである点からみるときは、同規定要件の履践をもって当該支出負担行為(契約等)の効力発生要件と解し、これに牴触違反する行為をもって絶対無効と解する見解も成り立ち得る(例えば法令の制限規定違反の場合につき、美濃部達吉博士・国家学会雑誌五四巻九号一二一三頁同五五巻八号九八頁、また、市議会の議決を経ない市有財産の処分の場合につき、甲府地判昭三一・六・一二下裁民集七巻六号一五二五頁等参照)ものであるが、反面普通地方公共団体が第三者と非権力的対等の地位において私法上の取引をした場合には、これに対し私法の通則たる民法の取引関係規定がその適用をみるべきことは当然の事理であるのみならず、産業・経済面における行政需用、就中普通地方公共団体のそれの飛躍的増大に伴い同公共団体が、公行政作用を掌るだけでなく、私経済作用を営む部面が近年著しく拡大し、私経済取引主体として一般的私法行為をなす機会も甚だ多く、したがってこの場合に善意の相手方を保護することによって取引の安全をはかるという要請も極めて強くなってきておるうえ、自治体の財政を守るということももとより重要なことであるが、それは内部的な求償関係で賄い得る場合がすくなくないし、かつなによりも地方公共団体の首長等代表機関が行った行為で、しかも相手方が右機関の権限行為であると信じ、かつ信ずるのが相当であるような状態において行われたものに、当該市町村が恬然として無責任でありうるということはもはや今日の社会的倫理感が許し得ないところであるのみならず、地方公共団体の取引主体としての信用を高める上においても法令制限ないし原始的制限の違反絶対無効という考え方は極めて不当であるといわざるを得ない(後藤清教授・綜合判例研究叢書七一、七二頁、高梨公之教授・判例演習「民法総則」二〇五頁等参照)ので、普通地方公共団体の首長等代表機関が地方自治法第二三二条の三に牴触する契約等の支出負担行為をなした場合においても、それは当然無効ではなく、代理人がその権限を越えて権限外の行為をなした場合に該当するものとして民法の一般原則に照らし、その法律効果を検討判断すべきものであるといわなければならない。

三、よって、さらに進んで原告主張の表見代理の成否について検討するに、いうまでもなく表見代理は、代理権を欠く代理行為(いわゆる無権代理行為)がなされた場合に、第三者からみて代理関係の存在を推断させる外形的徴表等一定の事情があるため、その外形等を信頼した第三者を保護するため、みぎ無権代理行為を恰かも代理権のある代理のごとく取扱って本人に法的効果帰属の責任を負わせる制度であるところ、右法理が市町村長等の権限踰越行為に対しても適用があるか否かについては曽て争われ、消極的見解が支配的だった(大判昭三・六・四民集七・七・四二六、大判大一五・一二・一七民集五・一二・八六二、大判昭九・三・三〇民集一三・五・四〇〇等参照)時代も存し、また既に触れたごとく地方公共団体財政の堅実な維持と取引の安全との調和という視角からの考慮も無視はできないという事情も存するので、同法理成立要件の検討は一般私人間の場合に比しより慎重であることを要するものというべきであることは勿論である。

ところで、民法第一一〇条所定の表見代理が成立するためには、(イ)法律行為に当った代理人が代理権(いわゆる基本代理権)を有すること(ロ)代理人に権限踰越行為すなわち権限外の行為のあること(ハ)代理人の相手方として直接行為をした者が代理人にその行為をなす権限があるものと信ずべき正当の理由を有したことの三要件を具えることを要するものであり、なおこの要件は該表見代理行為の行われた時点において存したことを必要とするものであるから、本件蛇ヶ谷公園実施設計委託契約が締結された昭和四〇年八月一六日当時において、かかる要件が具備しておったか否かについて以下逐次検討することにする。

(イ)  まづ(イ)の要件であるが、地方公共団体に係る契約の締結は、同公共団体の予算の執行に関する事項に含まれるところ、右予算の執行は同公共団体の長に属し(俵静夫教授・法律学全集「地方自治法」三七九頁、地方自治法第一四九条第二号等参照)、また同法第二三四条第五項も同公共団体に係る契約の締結権者が原則としてその長であることを前提として書面契約の場合における首長の記名押印制等同契約書の要式性等について規定しているので、結局右長は一般的に同公共団体に係る契約の締結権限を有するものというべく、本件委託契約の締結に当った当時の被告市々長も同市に係る契約締結についての一般的権限(基本的代理権)を有したことはいうまでもないところといわなければならない。

尤も取引の安全を目的とする表見代理制度の本旨に照らすときは民法第一一〇条所定の権限踰越による表見代理が成立するために必要とされる基本代理権は私法上の行為についての代理権であることを要し、公法上の行為についての代理権はこれに当らないと解するのが相当であるとされている(最高判昭三九・四・二民集一八巻四号四九七頁参照)が、地方公共団体の予算の執行として行われる契約の中には公法上の効果の発生を目的とする契約(例えば地方公共団体の財産処分、事務の共同処理のための協議等)だけでなく、同公共団体が私法上の一取引主体たる地位において第三者と一般私法的契約を締結する場合も多く、むしろ後者の方がその数において遙かに多く、地方自治法が地方公共団体の財務の一部として定めている契約に関する準則(同法第二三四条乃至第二三四条の三)も専ら同公共団体が財務の処理に当って私人と対等の地位において締結する私法上の契約に関するものである(俵・前掲書三七八頁参照)から、一般に地方公共団体の長は同公共団体に係る私法的契約の締結についても代理権を有し、したがって民法第一一〇条において必要とされる基本代理権を有することに妨げなく、本件実施設計委託契約(それ自体が私法上の契約であることはいうまでもない)においても、当時の被告市々長に右基本代理権が存したものといわなければならない。

(ロ)  しかるところ、市長のこの契約締結権については、前記のごとく地方自治法第二三二条の三において地方公共団体の支出負担行為となるような契約については法令または予算の定めるところに従ってこれをなされなけばならない旨の制限が規定されており、本件実施設計委託契約が右定めに従って締結されたものでないことは前認定のとおりであるから、それは被告市の代理人(代表者)がその権限を踰越して権限の範囲外にわたる行為をした場合に該当することになるものといわなければならないので、前記(ロ)の要件も存するものといわねばならない。

(ハ)  ところで、証人竹内賢一郎の証言(第一、三回)によれば、昭和四〇年八月一六日被告市長から原告会社に対し、前記「蛇ヶ谷公園実施設計依頼」なる文書をもって右設計の作成が依頼された際同市長室において直接これを受けた者は同会社営業部長の右証人竹内賢一郎であり、同人が即時長距離電話をもってこの旨を名古屋市所在の同会社代表取締役社長日比野真に報告し、その指示を受けて被告市長宛右設計の作成依頼を承諾する旨意思表示(回答)し右契約を締結したものである事実が認められる(右認定に反する証拠はない)ので、原告会社が右設計の作成依頼を受けた当時、右竹内営業部長および同日比野社長が被告市長に同市を代理して右実施設計作成委託契約を締結する権限があるものと信ずべき正当の理由(前記(ハ)の要件)、すなわち右日比野社長等に、同市長にみぎ権限があるものとの観念を惹起するに足るべき事情(大判明三九・五・九民録一二・七〇六その他判例の基調、参照)が存在したか否かについて検討を要するところ、≪証拠省略≫を綜合すると、被告市は県北の行政の中心ではあるが、その市域内に広大な緑地と景観に恵まれた小岱山系ならびに自然湧出の温泉地を有する立地条件から夙に観光を市の繁栄・発展策として標榜しており、先年隣接の長洲・荒尾・大牟田等の各市、町とともにいわゆる有明地区新産都市(正確には不知火有明大牟田地区新産業都市)の指定を受け、いわゆる有明海沿岸ベルト地帯の工業化推進とともに被告市の観光面での比重も一層高まったところより、昭和三九年頃から前記小岱山腹の蛇ヶ谷地区一帯を開発して都市公園を建設することを企画構想中、これを聞知して同四〇年初頃から公園建設のプランナーと称する訴外山本茂文同浜田茂同本折彦人同神谷市郎等が現地に乗り込み独自に種々の調査・見積り等をなして被告市に接触し、鋭意これを売り込もうと画策運動するようになったこと、しかし同人等はいわゆる企画ブローカーで造園土木関係の技術や施工能力はなかったので、同年四月頃原告会社に対し、右公園開発に関する同訴外人等の企画について技術援助を求め、かつ現地視察方を要請してきたこと、そこで原告会社は取引銀行(株式会社勧業銀行)等を介して右計画の有無を調査し、該計画のあることを確認したうえで、その頃常務取締役の浅井利喜蔵(工学士、土木工事主任技術者)を現地に派遣して右公園予定地域を見分させ、被告市当局も訪問させたが、さらに同月下旬頃営業部長の前記竹内を現地に派遣し前記山本の計画案について検討させたこと、しかるところ同計画案は内容空疎なもので実現性にも乏しいものであり、かつ右山本等がブローカー的存在であることも判明したため原告会社は無意味な労力を費すべきでないとして手を引くことにし、その後現地派遣の職員を全部引揚げさせたこと、しかるところ、同年六月一八日当時の被告市長橋本二郎から右竹内営業部長宛同市長上京の帰途原告会社に立ち寄り右計画について懇談したい旨の来信があり、ついで同月二三日頃同市長が来社し原告会社日比野社長等の案内で同会社施工にかかる名鉄犬山遊園地を視察したが、そのあと同市長は右日比野社長に対し、今後は前記山本等を介さず直接原告会社と契約して前記公園建設計画を実施したい旨の意向を表明し、原告会社もこれを了承したこと、さらに同年七月二七日には同市長、観光、建設両課長、同市議会の都市公園対策委員会正・副両委員長その他委員たる議員を含む同市議会議員等総勢一三名が大挙して来名し蛇ヶ谷公園建設の参考とするため原告会社の接待案内により同会社及び前記名鉄犬山遊園地を視察して宿泊し、かつ原告会社の役・職員より公園建設の参考となる事項について種々説明を聴いたこと、ついで同年八月一三日被告市建設課都市計画係長南川長興より原告会社宛蛇ヶ谷公園建設計画・設計のため来玉されたい旨の電話があり、原告会社は右要請に応じ翌一四日前記竹内営業部長を被告市に赴かしめたこと、同部長は最初の現地派遣からそれまでに何回も被告市を訪れておったので、被告市内部の事情もおおよそわかっており、また前記被告市幹部および同市議会議員の犬山視察時における原告会社の案内接待以来同市理事者ならびに同市会関係者が原告会社に対する信頼を深めておることを知っておったので、同市当局ならびに議会筋の大勢が前記蛇ヶ谷公園の開発・建設は原告会社をして請負わせ実施せしめる意向に固まりつつあるものと推測していたが、右のごとく被告市当局から招致を受けて同市到着後さらに前記南川係長、高木観光課長、前川建設課長、橋本市長等被告市執行部関係者ならびに佐藤市郎都市公園対策委員長等同市議会関係者に個別に面接したところ、その際右橋本市長は、大略、「蛇ヶ谷公園の開発・建設工事は、先般の原告会社や犬山遊園地の視察、見学以来市議会方面でも原告会社の能力や誠意を信頼し、大体原告会社にやらせてもよいという考えになっておるので、山本茂文氏等の方は全く白紙に還すから早急に本工事の実施に必要な設計をしてもらいたい」と語って、同市議会筋も概ね了承ずみであるので実施設計を作成してもらいたい旨を、また右佐藤同市議会都市公園対策委員長も、「しっかりやってくれ」と述べ、激励の趣旨を、各発言しておったので、同証人も自己の前記推測が間違いなかったことを再確認したが、同月一六日同市役所内において右市長から、前記「蛇ヶ谷公園実施設計依頼」なる公文書をもって正式、該設計の依頼を受けるに至ったところより、同市長が被告市の代表者として同市を代理し、適法に右実施設計作成委託契約を締結する権限があるものと確信し、かつ即時右依頼を受けた旨を電話で原告会社代表取締役社長の前記日比野真に報告し、指示を請うたところ、同社長も原・被告間の従前の経緯や右竹内営業部長から被告市執行部および同議会筋の前記意向等について予め報告を受け概ね同竹内同様の判断に立っておったので、被告市長の右設計依頼(申込)についても右竹内同様当然同市長の権限内の行為と信じ、即日同竹内営業部長を通じて(同人を機関として)被告市長宛該依頼(申込)承諾の意思表示(回答)をなし前記委託契約を成立せしめるに至ったという経緯があること、一方被告市当局においても同市長が前記のごとく昭和四〇年六月二三日原告会社を訪問し右日比野社長と懇談した際同社長の誠実さと同会社の技術的能力について認識を新たにしたが、その後同年七月二七日同市執行部および議会(都市公園対策委員会のメンバーならびに北海道視察帰途の議員等)の合同視察団が原告会社を訪問して種々説明を聴取し、かつ同会社の施工にかかる犬山遊園地を視察した結果同会社に対する信頼を深めるにいたったので、執行部としては、総工費二億円の限度で同公園の開発、施工、設計、監理を随意契約(地方自治法第二三四条第一項、同法施行令第一六七条の二第一項参照)により原告会社に請負わせて施行することならびに早急に右工事実施に必要な設計を同会社に作成させることを内定し、同年八月初旬頃被告市長において右実施設計を原告会社に依頼することについて後記のごとく同市議会都市公園対策委員会ならびに全員協議会に諮り(ただし、右設計委託費用については、当時被告市執行部は右実施設計の出来上り次第原告会社と本工事契約を締結しその中に右費用を盛り込んで吸収する考えだったので、とくに右費用を予定しこれについて予算措置を講ずる等のことをしなかったことは前認定のとおりである)、了解を得たうえ、原告会社に対し該設計作成の依頼をなすに至ったという事情にあること、また一方被告市議会においても執行部構想の前記「蛇ヶ谷公園開発建設計画」に重要な意義を認め、同四〇年五月二七日同議会内に「都市公園対策委員会」なる任意的特別委員会を設けて右公園開発建設計画について調査、検討を進めることにしたこと、尤も右委員会は地方自治法第一一〇条第一項所定の条例により設置された特別委員会ではなく、委員も議会においてではなく、議員の全員協議会で選任され、なお同委員会で調査・審査の結果成案を得て執行部で実施した方がよいという場合は全員協議会に報告し、同協議会で異議がないとき、はじめて執行部に議案化を要請する運びとなるものであって、付託議案の審議に当るものではないが、後記のごとき構成等から比較的多数の議員の平均的意見を代弁するものとして事実上は議会の意向を反映しておったこと、しかして≪証拠省略≫を綜合すると、右都市公園対策委員会は委員長が、前記佐藤市郎、副委員長が同黒田孝の各議員で、委員たる議員は右正・副委員長を含め計一一名であって、同年五月二七日を第一回とし、前記実施設計委託時頃までには計五回(第二回五月二九日、第三回七月一六日、第四回八月四日、第五回八月七日、)右委員会を開いているが、右第三回委員会において観光先進地における模範的都市公園として、原告会社建設にかかる名鉄犬山遊園地を視察することを決議し、右決議に基づいて同月二七日名古屋に出張し原告会社の案内接待で同遊園地を視察しているが、帰来後の八月四日の第四回委員会ならびに同月七日の第五回委員会(全員協議会に移行)において、いずれも都市公園を建設することについては全員異議なく決議し、かつ右第四回委員会ないし第五回全員協議会において市長から原告会社に対し実施設計の作成方を依頼したいので了承を得たい旨諮られ、全員反対するものなく、これを了承して(ただし、本工事契約の規模を二億円とすることについては、反対論もあり、また工事施行を含む経営方式についても議論が岐れていたことについては前認定のとおりであるが、原告会社に対し、実施設計を依頼すること自体については反対がなかったものである)おること、尤も≪証拠省略≫には右設計依頼了承の点が明記されていないが、任意的特別委員会である右都市公園対策委員会の会議録は、議事内容そのままの速記ではなく、要旨の摘録にすぎず、他にも遺漏脱落の箇所がすくなくないので、関係の証言等と照合したうえでなければこれをもって断定的な判断の資料とすることは相当でなく、したがって右会議録に記載がないゆえをもってただちに右設計依頼についての了承事実がなかったものとは断定できないのみならず、その次の委員会である同年九月一四日の第六回委員会の会議録によると、已に原告会社に対し実施設計を依頼しておったことを前提(当然のこと)として、当時出来上ってきた右設計について同会社設計担当者等の出席を求めその説明を聴取している(もし、右設計依頼について諒承を与えておった事実がなかったとすれば、当然右委員会においてこれが採り上げられ問題となっておった筈であるから、それ以前に右委員会ないし全員協議会において該設計委託自体については了解を与えておったものとみるのが自然の理である)のみならず、≪証拠省略≫を綜合するも、該実施設計の依頼自体は昭和四〇年八月上旬頃被告市々長から同市議会の都市公園対策委員会ないし全員協議会にこれが諮られ了承ずみとなっていたこと――すくなくともこれに対し明らかな反対は全くなかったこと――が認められるので、右設計依頼自体に対する右対策委員会ないし全員協議会の了承事実は到底これを否定し得ないものであること、なお当時の被告市議会における勢力分野は前記橋本二郎市長(無所属)支持の与党派が多数で市執行部の施策や提案は概ね市議会においても承認され得る可能性が強かったという客観的情況の存したこと、原告会社は被告市長から該実施設計作成の依頼を受け、これを承諾する(すなわち右委託契約を締結する)に際し、蛇ヶ谷公園開発・建設に関する実施設計について、法令(条例、規則等)の定めや予算の計上があるか否かについて確認の方法を講じてはおらなかったが、それは前記のごとく該実施設計委託につき被告市の執行部はもとより、同市議会都市公園対策委員会ならびに全員協議会もこれを了承済みであるということを確認しておったので、後日本工事契約の不成立から該設計費用だけ切りはなして支払いを受けるという事態に立ちいたった場合においても、右設計費用について予算措置が講ぜられることは必定と信じておったことと、もしそれ以上穿鑿めいた態度をとるときは被告市当局の信を失いもしくは商機を逸することにもなりかねないという懸念のあったこととによるものであって、これは多数の競業者に伍し、かつ取引の敏速を生命とする商人としては無理からぬ事情といえること等の事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実、すなわち被告市側において本件実施設計委託契約の締結に当った者は、同市々長として同市を統轄し代表する首長であるうえ、同市長に同市を代理して契約等法律行為をする権限の存在について相手方たる原告側に疑念を生じさせるに足りる事情は毫も看取されなかったこと、右設計委託自体については同市議会の都市公園対策委員会等においてもこれを了承しておったこと、原告は被告市々長等執行部ならびに右都市公園対策委員会委員長等から右設計依頼については同市議会方面においても了承済みであるから早急に実施設計を作成してもらいたい旨要請され、かつしっかりとやってもらいたい旨激励されて、右実施設計委託契約を締結したものであること、当時の同市議会勢力分野は同市長支持の与党派議員が多数で一般的に執行部提出の議案ないし予算案可決の可能性が強かったこと等の情況的事実の存在に徴すると、昭和四〇年八月一六日被告市々長橋本二郎から該実施設計作成の依頼を受けた原告会社が当時同市長に右設計作成の委託契約をなす権限があるものと信じたことについては正当の理由があり、かつ過失の責むべきものもなかったものといわなければならず、前記(ハ)の要件に欠くるところはないものというべきである。

そうすると、右被告市長橋本二郎が原告東海園株式会社代表取締役との間に締結した蛇ヶ谷公園実施設計作成委託契約(準委任契約)には、民法第一一〇条の適用があり、被告玉名市は同市長の右契約締結についてその責に任じなければならないものといわなければならない。

四、よって、さらに進んで原告会社の右実施設計作成委託契約履行(受任事務処理)の結果に対し、被告市の負うべき義務(報酬支払等)について検討判断することにする。

(一)  原・被告間の右設計作成委託契約において受任者の報酬につき約定は存しなかったが、該設計がいわゆる実施詳細設計としてそれにより直ちに本工事が施工できる性質のものであることについては既述のとおりであり、また≪証拠省略≫を綜合すると、該設計による工事費の積算もいわゆる精見積りで、概算見積りではなく、かつ精密な設計図面や構造計算書の作成を必要とするものであって、本工事契約申込みの誘引的な性質のもの等では毫もなかったことが認められるので、後日原・被告間に該本工事契約が締結せられたと否とを問わず、商人性を具えた原告会社から被告市に対し、商法第五一二条に基づき相当の報酬を請求し得るものであることについては、些かも疑いのないところであるといわなければならない。

(二)  ところが、みぎ商法第五一二条所定の相当の報酬にいわゆる相当とは、抽象的な価値基準を示す一般概念にすぎないから、具体的には当該委任の動機、性質、内容等、換言すれば、(イ)委任を受けた事情、(ロ)受任事務処理に要した期間、(ハ)同事務処理に要した労力、(ニ)受任事務の難易、(ホ)委任者の利益に対する貢献度等を綜合して該報酬額を決定するほかないものであり、もし一般的な慣行もしくは定立された業者間協定の報酬規程等が存するときは、商事関係報酬・手数料規準化の要請(これは、商行為の有償性、敏速性、大量・反覆性、規格性等に由来するものである)に従い、まづ右慣行、規程等を尊重し(当事者がこれに依る意思を有したものと認むべき証拠のないときでも)、なるべくこれに準拠するのが相当であるというべきであるが、当該委任における特殊事情等から、これに依るのを相当としない場合においては、右慣行、規程等を一応の基準としつつ、これを前記相当性判断の斟酌要素によって修正し妥当な金額(報酬額)の発見につとむべきものであると考える。

(三)  ところで、≪証拠省略≫によると、建築、造園等の工事に関する設計報酬額の定め方については、大別して「料率法」、すなわち工事費見積額に一定の基本料率を乗じて算出した額を設計報酬の最低基準とする報酬算出法と、「報償加算実費方式」、すなわち設計実施に要する技術者の標準給与総額(これを直接人件費と称する)およびこれと同額(100%)とされる給与以外の諸経費の二費目に、その合算額の25%以上の割合とされる報償費(技術料)ならびに業務完成に必要な日当・宿泊費・交通費の実費等を加算した金額をもって報酬と定める報酬算出法との二方式の存することが認められ、原告が本件において支払を求めている設計報酬は、基本的には右報償加算実費方式(ここに実費とは標準定額を基礎とするものであるから真正の意味における実費とは異なり、それよりかなり多額となるものである)によったものであり、具体的には本件委託契約当時施行されていた「建築家の業務及び報酬規程」に従ったものであることが、その主張自体から明白である。

しかし、右規定はその名称が示すとおり一般建築家の業務及び報酬を定める目的で社団法人日本建築家協会が制定したものであり、かつ同協会に所属する会員たる建築家に限ってその適用があるものであることは同規程の前文によって明らかであり、これを業務内容の異なる造園業者の設計報酬の算定に用いることは妥当でない(本件のごとく報酬額について当事者間に特約のない場合はとくにそうであり、また本件設計委託契約当時自社限りで報酬規程を作っていた大手造園会社の株式会社中部造園観光研究所の業務受託規定中の報酬規程によるも設計報酬については報償加算実費方式が採用されておらず、基本料率法が用いられている――このことは≪証拠省略≫によって明白である。)のみならず、鑑定人田辺三五(鑑定当時南九州大学園芸学部造園学科主任教授、現京都府立大学農学部講師)の鑑定の結果(ただし、後記の措信し難い一部を除く)によると、昭和四四年六月一日日本造園設計事務所連合によって造園業者の業務内容および報酬額算定方法に関する「業務及び報酬規程」が制定されるまでは、同業者間にかかる一般的な報酬規程はなく、実際上設計報酬は簡単な基本料率法によって当該工費見積額の3%ないし5%の範囲内で依頼者から設計者に支払われるのが当然のこととして慣行化されておったが、右造園設計事務所連合による前記規程は、このような従来のおおまかな基準(目安)では妥当を欠くということで、造園業者が、依頼を受けた業務の種別、内容や工事金額の大小等に対応して明細化され、合理化された報酬の規準を設定したもので比較的客観性を具えたものであるが、本件の場合はこの規程によって試算してみても基本料率は3.053/100となり、右規程施行前の慣行的料率(3%ないし5%)の範囲内における最低基準3%(工事金額に対する)にほぼ等しいので基本料率法に従い、かつ右最低基準によるのが妥当であり、なお造園設計が机上作業だけでなく、別に地域・地形・人文等に関する調査や測量等をも必要としてこれを実施したような場合には、これらに要した費用は別途加算するのが適当であるとされていること等の事実が認められる。

同鑑定人は、本件においては工費見積額金一億五、四九三万円「鑑定人積算に係る金額)に対する右基準料率3%の金額(464万7,900円)のほかに、調査費八〇万円および仮設工事費二五六万七、五〇〇円をも別途加算すべきものであるとし、結局本件における設計報酬金額は金八〇一万五、四〇〇円(464万7,900円+80万円+256万7,500円=801万5,400円)をもって相当とするものである旨結論しているが、原告は本件の工費見積額を一億五、三一一万〇、八四二円と積算(精見積り)している(このことは≪証拠省略≫によって明らかである)ので右見積額をこれを超えて評価積算することは適当でなく、また調査費についても≪証拠省略≫によれば同費用は金二一万三、七八〇円を相当とするので右限度内でしかこれを認めることができないし、なお仮設工事費については原告会社において同金額(256万7,500円)の支出をなしたと認むべき証拠はないのみならず、前記日本造園設計事務所連合の「業務及び報酬規程」第六条にも基本料率による金額以外に業者が受け得る報酬としては測量および特別の調査に対するものを挙げておるだけだけであり、また前記「建築家の業務及び報酬規程」中にも仮設工事費については何ら触れるところがないので、右工事費が別途加算費目として慣行化しておったものとは到底認められず、飯場程度のものについては当然現地における調査測量費の範囲内において賄うべきものであると考えるのが相当である。

したがって、右田辺鑑定中右の点に関する部分については到底これを措信することができない。

(四)  そうすると、本件については、原則的には該実施設計委託契約が締結せられた当時造園業者間においてその設計報酬算出について慣行化されておったと認むべき基本料率法に従い(右締約当時当事者がこれに依る意思を有したものと認むべき証拠はないので民法第九二条の適用はないが)、同料率中の最低基準3%を工費見積額(前記金一億五、三一一万〇、八四二円)に乗じて得た金額(459万3,325円)に、前記別途費目の調査費(前記金二一万三、七八〇円)および測量費(≪証拠省略≫によって認められる有明測量に外注した測量代金の支払額金三〇万円)を加算した金額をもって一応原告報酬額とみるのが相当ということになるが、該契約締結当時右報酬は本工事の契約金額中に吸収して盛り込むということで、当事者はその額についても、支払の時期についてもこれを全く念頭には置いていなかったということ、ならびにその後事情の変更により前記蛇ヶ谷公園開発、建設計画は中止となり原告給付の設計も利用されることなく死蔵されたままになっているという特殊の事情の存することに鑑みるときは、前記斟酌要素に関する検討を経たうえ、右基本額に対する修正の要否並びにその程度を判断するのが相当であると考える。

そこで、まづ原告会社が被告市から本件実施設計の委託を受けた事情であるが、この点については既述のとおり、原告側から被告側に売り込んだ取引ではなく、むしろ被告側からの要請によって引き受けるにいたった取引であるということが認められ、つぎに原告の右受任事務処理の期間すなわち設計作成の期間であるが、≪証拠省略≫を綜合すると、原告会社は受託後の昭和四〇年八月下旬から現地の調査、測量(外注)ならびに設計(一部については訴外富士設計事務所に外注してその代金一二〇万円を支払いずみ)、積算等の作業に入り同年九月中旬右設計関係図書を完成して被告市に提出したこと、ところが右設計は被告市の建設費償還の必要からとくにその要望により収入性を顧慮した有料公園として計画作成したためその後建設省の審査で、「都市公園の公益性より収入源のある公園には補助金を認めることができないので、もし補助金の受けられる都市公園にするのであれば全面的に計画設計を修正するように」という指示があって、被告市からあらためて設計・積算修正方の要望があったので、原告はこれに応じ右設計と積算をやり直すこととなり、積算は同年一一月八日までに、また設計は同年一二月一〇日までにそれぞれ完了して、各その頃被告市宛提出したもので、受託後完成迄には約四ヶ月近くを要しておることが認められ、また右設計、積算、照査、製図等に要した労力は、≪証拠省略≫によると、設計関係では、マスタープランに二五人、全体計画に一一二人、レストハウスに九七人、正門及び事務室に八〇人、遊戯場及び展望台に八〇人、休憩所及びW・Cに五一人、資料調査に四〇人計四八五人、数量算出関係では、全体計画に三五人、レストハウスに二二人、正門及び事務室に二〇人、遊戯場及び展望台に一九人、休憩所及びW・Cに一四人計一一〇人、照査関係では、全体計画に一五人、レストハウスに六人、正門及び事務室に四人、遊戯場及び展望台に三人、休憩所及びW・Cに二人計三〇人、製図関係では、図書浄書に一五八人、設計・積算書作成に三五人、仕様書作成に二五人、建物パース作成に五六人、製本及び整理に六人計二八〇人で総延人員は九〇五人に達し(ただし、辻技師等の特別調査及び外注測量関係を除く)、また作成された設計関係図書の数量は、全体計画関係で三二部、レストハウス図面リスト関係で一七部、正門・事務所・遊戯場・展望台・休憩所及びW・C等図面リスト関係で三〇部、構造計算書が一〇二頁、積算書が九三頁、建物パースが四部等で、かなりの作業量に上ったことが認められ、なお当裁判所の検証の結果によると、設計や構造計算では相当の専門的知識を必要としたものであることが認められる。

そうすると、以上の各斟酌要素検討の限りでは、原告会社の報酬額についてこれをその受託当事慣行化されておった前記基準に則って算定することは相当であるものといわなければならない。

しかし、商法第五一二条にいわゆる相当の報酬の語源は、いわゆるクアンタム・メリット(Quantum Merit)であって(注民(16)一九四頁参照)、そこには多分に受任事務処理の貢献的成果も考慮に入れた報酬額としてのニュアンスを含んでいるものと考えられるので、この点からの考察も全然無視することはできないものというべきである。

ところで、≪証拠省略≫によると、被告市は原告会社の前記第二次設計図書の一部を利用して前記蛇ヶ谷公園に至る道路の一部を建設し、現にこれが市民の便益に供されておることが認められ、また前記有明新産都市圏の発展による人口の飛躍的増大に伴い将来被告市が構想したような都市公園の必要性が現実化し、本件設計図書の利用性が再現するかも知れないという展望も必らずしも不当ではないといわねばならない。

しかし乍ら、現状では、右一部道路建設利用の点を除き、原告会社の労作になる前記厖大な調査・設計関係図書は、その後被告市における事情の変更によるものとはいえ、殆んど利用せられずに終り、したがって同市に対し、格別の貢献はしておらない(このことは本件弁論の全趣旨に徴し明白である)のであるから、原告の前記算定にかかる一応の報酬額についてこの点からの斟酌を加える要はあるものと考える。

そこで加えるべき斟酌の程度であるが、前記基本料率3%による金額の中には、報償加算実費方式におけると同様にすくなくとも約25%の割合の報償部分(技術料)が含まれておるものとみてよいので、これを半減斟酌するのが本件においては相当と考えられる。

そうすると、結局本件においては、前記工費見積額(1億5.311万0.842円)に対し基本料率3%を乗じて得た金四五九万三、三二五円(1億5.311万0.842円×0.03=459万3.325円但し円位未満は小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律第一一条第一項により四捨五入・以下同じ)中に、その25%の割合に当る金一一四万八、三三二円(459万3.325円×0.25=114万8.332円)の金額が報償費として含まれておるものとみられるので、これを半減することにして右金額の1/2に当る金五七万四、一六六円(114万8.332円×1/2=57万4.166円)を前記報酬額から控除することにすると、同金額は金四〇一万九、一五九円となり(459万3.325円-57万4.166円=401万9.159円)、これに前記加算を必要とする別途費目の外注測量費三〇万円および特別調査費二一万三、七八〇円を合算すると、原告会社が被告市に対して支払を求め得る相当な報酬額は金四五三万二、九三九円となる(401万9,135円+30万円+21万3.780円=453万2.939円)ものというべきである。

原告は、このほか本件に関連して、被告市執行部及び同市議会議員計一三名の名鉄犬山遊園地(公園)視察時支出した一行の案内接待費金一五万八、三九一円、プランナーと称して策動していた訴外山本茂文に対し被告市都市計画係長南川長興立会いの下に手切金として支払った金三〇万円、同訴外浜田茂に対し同名義で支払った金一五万円、右山本、浜田等に対し右手切金以外の名目(諸経費)で支払った金一一万〇、九一四円、弁護士費用その他本訴追行のため支払った金七五万円(≪証拠省略≫では金八〇万円)、その他雑費として金七万〇、六二六円合計金一五三万九、九三一円の出捐があるので、そのうち金一三六万八、七五〇円の支払を被告市に対し求める旨主張しているが、これらの費用は原・被告間の本件実施設計委託契約に対し何らかの意味(道義上その他)において関連はあっても、右契約に基づき被告市が負うところの支払義務との間に直接の因果関係は存しないのであるから、これらの請求の失当であることは勿論である。

ところで、被告市が本件蛇ヶ谷公園開発、建設計画を中止し、原・被告間の本工事契約の締結せられないことが確定的となったのは、≪証拠省略≫によれば、昭和四一年四月下旬頃であることが認められ、かつこれにより原告会社が被告市に対し、本件調査・設計報酬についてその支払請求をなしたのは同年五月一一日である(このことは≪証拠省略≫によって明らかである)から、結局被告は原告に対し、前記金四五三万二、九三九円およびこれに対する昭和四一年五月一二日(右支払請求の日の翌日)から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。

五、よって、原告の本件第二次的請求は、右認定の限度においては正当であるから、これを認容し、同請求中のその余ならびに第一次的請求は失当として棄却し(第二次的請求についてこれを認容した以上、第三次的および第四次的各請求についてはこれを判断する要のないこと勿論である)、仮執行の宣言は相当でないからこれを附さないこととし、なお訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条本文を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

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